Ohm

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# by saidamanabu | 2012-11-27 00:44

右へ並うのか

結局、伝統くらいしか縋り付く先が無く、依存心が高まる程ナショナリズムの台頭が不可避な状況で、本当に高い精神性が試されている。

孤独であり続ける勇気こそ、新スタイルへの第一歩。突破まで、もう少し。

要は個の問題なのだ
# by saidamanabu | 2012-11-26 04:18

撮る、とは

世界は常に認識の外側に存在している。

だから僕はその何時までも到達しようの無い空間に想いを馳せ、なんとかわが認識との接続を試みている、光の結像として。


撮る、とはそういう行為
# by saidamanabu | 2012-11-18 22:55

その後

まだまだ水道蛇口とかイヤホンとか、ありとあらゆるモノが壊れ続け、同時に必要不可欠なありとあらゆる新たに豊かにしてくれるモノや情報が、バンバン入って来ている。
相変わらずmac無しを続けてるんでメモリカードにデータが溜まり続けているが、撮影も絶好調で生半可な整理整頓、つまり経験値も溜まる前からの整理整頓は結局撮影クオリティを大きく下げるというのに気付く。細かすぎる反省や調整では、あるLINEを飛び越える前に歩留まりしてしまうのだ。

やはり眼前をもっとちゃんと見ろ、だな


想像力を掻き立てるビジュアルは、オリジナル=経験の積み重ね、からしか生まれない
# by saidamanabu | 2012-11-16 09:08

新天地

聖地とか神とか真理とか永年のサイクルに関わる作品をずっとここ7年作り続け、あの世について少しだけ馴染んだつもりなのだけど、それとは別に最近やはりこの世の刹那もまた聖なる時と見定めて、早速臨海地区への浜辺へと向かった。

つまりは終末の浜辺

約20年前の学生時代、僕はなんとなくの予見から完成前の葛西臨海公園や幕張海浜公園に朽ちゆく臭いを嗅ぎとり、それを切なさに落とし込むべくSEASIDE PARKという作品にまとめあげ写真ひとつぼ展に入選したりしたのだけれど、今日再び向かった幕張海浜公園は、ものの見事に寂れ始め実際、サビだらけの歩道橋や誰も癒されになんて来やしないどん曇りの無人の浜辺なんかを撮影していると、かつての予見が見事にビンゴし、そんな明るい未来にはならなかった現代の廃園に妙な納得感と、裏腹の楽園への郷愁を感じ、そこはかとない心地よい孤独感が込み上げて来て感慨深く感じた。

技術力や想像力の限界などやはり大したこと無く直ぐに朽ち果ててゆくものなのだ、と。

と、いう訳で楽園と表裏一体の廃園もまた聖地たり得るべく、並行する作品群の制作を本日始めた。

どちらもまたリアルワールドなのだ
# by saidamanabu | 2012-11-14 01:00

はかい

破壊てか、ここ暫くでmacに靴が二足、ガスコンロ、ダウンジャケット、パーカー、布団に毛布、靴下いっぱいその他etcetc.いろんなモンが一気に逝った。
もちろん余計な情報や思い出と共に。


なんで、まんま暫くmacも無く、このままいきます。
同時に新しくホントに必要不可欠とされるモノがバンバン勝手に向こうから、やってきているので。


ネットはiPhoneで充分。
写真に関しては、どうやらデータよかプリントとか額装とかそっちのがずっとずっと重要みたいだと、今更ながらに確認中。

(既にPhotoshop無しで写真完成できているのだ)


創造と破壊は比例する
# by saidamanabu | 2012-11-12 10:30

飛び越える為のアンカー

記号性と物語性の排除
直感と直情をクロスオーバー

つまりコマーシャリズムは完全否定されてしまった

例えば、バッハからでもコマーシャリズムを感じられたりして、永年越えられ無かったあるLINEは、デジタル化で誰でも容易にヒョイと越えられる世界
巨大資本のランディングと共に
# by saidamanabu | 2012-11-08 10:37

フェーズ

つくづくフェーズが上がったと感じる。

なので聞くもの見るものすべてを再検証すると、遠くのものが近くに近くのものが遠くになっていた。
今度の基準ではどうやらドメスティックなものをスルーし、ラインを平然と飛び越えてるものだけが心に飛び込んで来ている模様。
となると今の東京は生きる屍と超然なる存在が三位一体的に混在している不可思議な場所で、きっともうすぐクルルンと一回転半、the オリジンしか存在しえない状況へ



孤独の意味合いすら真逆へと向かう
# by saidamanabu | 2012-11-03 20:47

Cedars

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# by saidamanabu | 2012-11-03 20:00

テーマ

けっきょくのところ、写真の中のみに存在しうる「光の庭」を造園、管理している

偉大なるキャストの方々をお迎えしながら



「The Garden of Light」
# by saidamanabu | 2012-11-02 23:11

Kamizonocho

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# by saidamanabu | 2012-11-02 23:05

しんこきゅう

ゆっくり深呼吸できてる

ながれる音霊もここちよい


ずいぶん時間だけが掛かかり過ぎてしまったが
# by saidamanabu | 2012-10-31 15:41

Samsara

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# by saidamanabu | 2012-10-31 15:27

孤高

突き抜ければ、孤高

やっと自由を手にする
# by saidamanabu | 2012-10-31 15:20

Tenderness

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# by saidamanabu | 2012-10-29 20:21

とうたつ

広告写真をやめて足掛け二年、やっと超えられなかった一線を越えるのに成功できてると実感する今日この頃。
フィーを貰ってしまうと超えられないナニカの意味はスゴく深くて重要で、北野武が「(アートで)お金を貰ってしまうと何か違う気がする」と言っていた意味が理屈では無く腑に落ちて確信出来ている。
(特に今撮ってる内容が魂直結だけに、余計に、ね)


60年代お仕舞いからのヒッピームーブメントは魂の解放運動であり、それはやがてビットバレーの住人達の企みによりデジタル化による文化のフラット化に拍車をかけるも、結局巨大資本のグローバル化に飲み込まれた世界はココロの閉塞感にまみれてしまった昨今、やはり人生幸福になる為には魂の解放しか方法はないのだ、と再認識する。
(ジョブスのいないアップルが単なる一企業になり下がったように、魂の目論みは巨大資本ごときで飲み込まれたりはしない。突き抜けた孤独=真の自立こそが魂の目論みであり、嘘っぱちの関係性ほど空しいものはない)


本当の豊かさへ向かい始める2012、一斉に気付く、の意味はその一点
# by saidamanabu | 2012-10-28 00:38

きおく_2

魂レベルではとっくにクリアされているはずの課題が肉体にはまだ負のエナジーボールとして残っていて、そのベクトルが突然ある場所の磁力で引き出されてしまい、かなり戸惑う。
清流に浮かべた葉の小舟に乗せて負の自分を送り出す瞑想で乗り切るも、肉体のきおくの恐ろしさにおののいてしまった。

生霊って、こんなん

これからは大事に生きないと、ね。
# by saidamanabu | 2012-10-27 17:56

Overflow

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# by saidamanabu | 2012-10-27 17:27

きおく

記憶の光を辿ると案外見た事のない風景が多かったりで

それはその後実際目にする事になり、なんだ未来の光だったのか、と。



記憶は過去だけにあらず、未来をも含む
# by saidamanabu | 2012-10-23 03:57

Aoyama

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# by saidamanabu | 2012-10-22 15:49

榛名社

『「もり」はわかってくれる人にだけ心を開くのです』


調和、とはそういうもの


一斉に気付く、とは一斉に腑に落ちること


これからどうするか、は やはり人次第なので   その時がくれば 


どうか調和のベクトルで
# by saidamanabu | 2012-10-20 21:11

Haruna

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# by saidamanabu | 2012-10-20 16:12

意志

意志がWillで、Willには遺言という意味もあり決意という意味もあるので深いなあ、と。

死が、志が、つまり言霊での「し」がWillなんだろうか。


「命が掛かる」という当たり前のリアルが剥き出しの時代に移りつつあるのは、果たして幸福!?


あんなにバーチャルがしんどかったのに剥き出しのリアルにも辟易する=生きてゆくのは辛い


進化のはじまりはここから
# by saidamanabu | 2012-10-13 22:00

Will

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# by saidamanabu | 2012-10-13 21:47

Kodama

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# by saidamanabu | 2012-10-11 22:09

Vector

いわゆる”神”といわれる存在は闇から光に脱するベクトルそのものである、というのがこの七年間、全国のいわゆる聖地をまわり続けた旅の結論。

あらゆる場所のあらゆる気配は人をある方向に差し向け、
エゴまみれの日常ではマイナス方向にならざるを得ないそのベクトルを、また宇宙の正常進化にそったプラスのベクトルにより戻す、というのがその役目。

たとえば”マーラカーナ”は”大いなる闇”という意味で大黒天(いわゆる大黒さま)と呼ばれる神なのだが、それは闇そのものの神という意味なのではなく、どん底の闇から光へ這い上がる時に必要なあるベクトルを指し示しており、特定のある場所に行くと、そのベクトルを本能的に感じ取らせてくれる存在=その場所の気配、といった具合。

どこかで誰かが擬人化して宗教化しちゃってからは、認識そのものが独り歩きしちゃってるが、神はいつでもどこにでも存在し、人をある方向へと導いている。



すべては宇宙の正常進化のために
# by saidamanabu | 2012-10-09 19:15

Amaterasu

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# by saidamanabu | 2012-10-09 17:07

Mahākāla

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# by saidamanabu | 2012-10-07 22:39

メシア

擬人化された救世主など、いない

どん底の闇より紡ぎだす光こそメシア
# by saidamanabu | 2012-10-07 08:01

Messiah

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# by saidamanabu | 2012-10-07 08:00

M.Cyder Photography excite*


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