キューブリックに捧ぐ

2001年宇宙の旅
気付いた順に本質的実現
# by saidamanabu | 2013-01-19 22:51

Dedicated to Kubrick

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# by saidamanabu | 2013-01-19 22:20

正直

正直な結果、現在のスタイル

相変わらず映画や音楽や小説見ても研究分解して取り入れたり改善したり、14で写真始めた頃から何ら変わらぬ人生スタイル

広がり伸びる一方なので閉塞感なぞ有りようも無い宇宙観こそこの世に生きる醍醐味

簡単明瞭
# by saidamanabu | 2013-01-17 21:20

アンドロイドは電気羊の夢を見るか

この先、CPUのクロップ数が人間の脳の処理能力を超える頃には、機械が人間化するのではなく
きっと人間が機械化しているのだろう。

死への恐怖心への拭い方として
# by saidamanabu | 2013-01-13 23:28

Do androids dream of electric sheep

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# by saidamanabu | 2013-01-13 23:19

アクリルの箱の中で

入れられたとしても抜け出そうともしないアクリルの箱の中で

結局、有機的なものすら受け入れられずに

ただ痛みだけ感じて
# by saidamanabu | 2013-01-13 00:50

In the acrylic box

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# by saidamanabu | 2013-01-13 00:49

フォーマット

ちょっとだけフォーマットをちっちゃくした、CMOSセンサーの。
画素ピッチを下げる事で想像的余白を増やしたい、という算段

今回も機材チョイスには、うんざりするくらい長期の神経戦を要したが結果は上々



写真における闘いは、ほぼ準備段階で99%決まる、ていうので思い出した電通スタジオ助手時代、確かに超バブリーで超贅沢だったがその分自分自身をもすり減らし過ぎたりで、個の限界を軽々超えることを覚えてしまったは吉でもあり凶でもあり、結局やっぱり本質はその左右の揺らぎの中にこそある、とやっと気づけたのはここ最近

写真人生の準備も長いね
# by saidamanabu | 2013-01-12 05:40

Forbidden fruit

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# by saidamanabu | 2013-01-12 05:04

卒塔婆

期せずして相似形
あの世もこの世も
# by saidamanabu | 2013-01-07 10:03

ダンスミュージック

最近つくづくダンスミュージックは神事だなあ、と。
元来踊り、は神事だが目指してる振動数がど真ん中。

という訳で本年はより内側、それも眼前におけるそちら側をぎりぎり切り込んで行きたい。
すでに全てが聖地と化している、第6の時代
(え、マヤの預言?)
たかが認識なぞ、この星はとっくに最初から越えている

ちっぽけな人間の妄想力を遥かに越えた一線の謎こそがテーマ

例えば右と左の間、そのゆらぎ。本質は絶対的一方にあったりなんてしない
フレームの間
# by saidamanabu | 2013-01-05 09:06

輪廻

輪廻するから先送ったところで元の木阿弥

うまれ変わって来たのが自ら汚染した場所だった、というのが因果


いまこそ想像力を
# by saidamanabu | 2012-12-23 20:53

Samsara

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# by saidamanabu | 2012-12-23 20:11

Departures

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# by saidamanabu | 2012-12-22 20:53

幕末論

ずっと気になってた幕末の京都についてわかりやすい本に出会い探究

なぜ、今の日本、しかも座田家に生まれたのか、

ちょっと生々し過ぎ中々先に進まないが、

言えるのは幕末も今も危機的状況とそれに対する国民性が全く同じで、また、その危機を繰り返している、という事実。

乗り越えるべきLINEが再び

150年分の進化とは
# by saidamanabu | 2012-12-22 17:49

終末論

世界中で人人が変化を求めている段階で、既に変化しちゃってるという事実。

常に現実は想像の範疇を楽々と超える
全ては認識一つなのだ
# by saidamanabu | 2012-12-22 15:04

写る

見えてもいないものを見えてるように撮りたいから写らない。
見えているものを撮るから写る。

シンプル
# by saidamanabu | 2012-12-16 13:13

楽園〜廃園へ

天狗の山〜海浜公園へ

千年は変わらぬ風景〜刹那の浜辺へ


人工の限界は驚くほど浅い
# by saidamanabu | 2012-11-29 23:09

The Tengu mountain

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# by saidamanabu | 2012-11-29 23:04

The Garden

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# by saidamanabu | 2012-11-29 12:46

なぜ撮り続けるのか、

最近は意識そのものがテーマの中心に来てるんですけども、意識で意識を見るとき決してそのものズバリは見えないわけです。
つまり合わせ鏡のようにエンドレスな逆像の連続体を見るか、のように。

だから、周辺のイコンを、つまり意識の欠片を集めることによって、自ら気付くことしかできないようになっているんですね、脳の構造として。
で、気付いて驚く訳です、おお、俺ってこんなこと思っていたのか、と。

それが面白くって、撮影し続けてるわけなのです、ずっと。
# by saidamanabu | 2012-11-29 12:41

Ohm

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# by saidamanabu | 2012-11-27 00:44

右へ並うのか

結局、伝統くらいしか縋り付く先が無く、依存心が高まる程ナショナリズムの台頭が不可避な状況で、本当に高い精神性が試されている。

孤独であり続ける勇気こそ、新スタイルへの第一歩。突破まで、もう少し。

要は個の問題なのだ
# by saidamanabu | 2012-11-26 04:18

撮る、とは

世界は常に認識の外側に存在している。

だから僕はその何時までも到達しようの無い空間に想いを馳せ、なんとかわが認識との接続を試みている、光の結像として。


撮る、とはそういう行為
# by saidamanabu | 2012-11-18 22:55

その後

まだまだ水道蛇口とかイヤホンとか、ありとあらゆるモノが壊れ続け、同時に必要不可欠なありとあらゆる新たに豊かにしてくれるモノや情報が、バンバン入って来ている。
相変わらずmac無しを続けてるんでメモリカードにデータが溜まり続けているが、撮影も絶好調で生半可な整理整頓、つまり経験値も溜まる前からの整理整頓は結局撮影クオリティを大きく下げるというのに気付く。細かすぎる反省や調整では、あるLINEを飛び越える前に歩留まりしてしまうのだ。

やはり眼前をもっとちゃんと見ろ、だな


想像力を掻き立てるビジュアルは、オリジナル=経験の積み重ね、からしか生まれない
# by saidamanabu | 2012-11-16 09:08

新天地

聖地とか神とか真理とか永年のサイクルに関わる作品をずっとここ7年作り続け、あの世について少しだけ馴染んだつもりなのだけど、それとは別に最近やはりこの世の刹那もまた聖なる時と見定めて、早速臨海地区への浜辺へと向かった。

つまりは終末の浜辺

約20年前の学生時代、僕はなんとなくの予見から完成前の葛西臨海公園や幕張海浜公園に朽ちゆく臭いを嗅ぎとり、それを切なさに落とし込むべくSEASIDE PARKという作品にまとめあげ写真ひとつぼ展に入選したりしたのだけれど、今日再び向かった幕張海浜公園は、ものの見事に寂れ始め実際、サビだらけの歩道橋や誰も癒されになんて来やしないどん曇りの無人の浜辺なんかを撮影していると、かつての予見が見事にビンゴし、そんな明るい未来にはならなかった現代の廃園に妙な納得感と、裏腹の楽園への郷愁を感じ、そこはかとない心地よい孤独感が込み上げて来て感慨深く感じた。

技術力や想像力の限界などやはり大したこと無く直ぐに朽ち果ててゆくものなのだ、と。

と、いう訳で楽園と表裏一体の廃園もまた聖地たり得るべく、並行する作品群の制作を本日始めた。

どちらもまたリアルワールドなのだ
# by saidamanabu | 2012-11-14 01:00

はかい

破壊てか、ここ暫くでmacに靴が二足、ガスコンロ、ダウンジャケット、パーカー、布団に毛布、靴下いっぱいその他etcetc.いろんなモンが一気に逝った。
もちろん余計な情報や思い出と共に。


なんで、まんま暫くmacも無く、このままいきます。
同時に新しくホントに必要不可欠とされるモノがバンバン勝手に向こうから、やってきているので。


ネットはiPhoneで充分。
写真に関しては、どうやらデータよかプリントとか額装とかそっちのがずっとずっと重要みたいだと、今更ながらに確認中。

(既にPhotoshop無しで写真完成できているのだ)


創造と破壊は比例する
# by saidamanabu | 2012-11-12 10:30

飛び越える為のアンカー

記号性と物語性の排除
直感と直情をクロスオーバー

つまりコマーシャリズムは完全否定されてしまった

例えば、バッハからでもコマーシャリズムを感じられたりして、永年越えられ無かったあるLINEは、デジタル化で誰でも容易にヒョイと越えられる世界
巨大資本のランディングと共に
# by saidamanabu | 2012-11-08 10:37

フェーズ

つくづくフェーズが上がったと感じる。

なので聞くもの見るものすべてを再検証すると、遠くのものが近くに近くのものが遠くになっていた。
今度の基準ではどうやらドメスティックなものをスルーし、ラインを平然と飛び越えてるものだけが心に飛び込んで来ている模様。
となると今の東京は生きる屍と超然なる存在が三位一体的に混在している不可思議な場所で、きっともうすぐクルルンと一回転半、the オリジンしか存在しえない状況へ



孤独の意味合いすら真逆へと向かう
# by saidamanabu | 2012-11-03 20:47

Cedars

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# by saidamanabu | 2012-11-03 20:00

M.Cyder Photography excite*


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